
au by KDDI さんのホームページから、勝手に画像お借りしました。ごめんなさい。昨年亡くなった息子の携帯をようやく解約した。
Sony Ericsson の W42S という機種。
最近は、どんどん新しい機種が発売される。
この W42S の発売は2006年春、4年前のタイプだ。
ウォークマン携帯として発売当初は話題になったらしいが、 今やすっかり、 ipod の時代。
ずい分長いこと使い込んでいたんだね。
亡くなった人の携帯を解約するには、 死亡したことを証明する書類が必要になる。
手続きは当然つらい作業になるが、
どこかでまだ心の奥が凍結しているような感覚があり、
あまり、つらいとか悲しいという感情は沸いてこない。
が、手続きを担当してくれる人物の対応や言葉の端々に、
敏感に反応してしまうことがある。
同情してほしいなんてこれっぽっちも思っていない。
もちろん不幸の押し売りをしようなんて気持ちもまったくない。
それでも、何気ない、温かい言葉にとても救われることもあるし、
反対に無神経な言葉、ぞんざいな対応にひどく傷つけられることもある。
この不幸な体験で意外なことに気付いた。
心温かい応対や気遣いの言葉に年齢、性別は何の関係もないということ。
亡くなった息子とさほど年の違わないであろう男性が、
心からのお悔やみの気持ちの感じられる 丁寧で温かい声かけとともに、
きちんと手続きを仕上げてくれる一方で、
さまざまな辛苦を経験して来たであろう 私に近い年のおばさんが、
「どなたが、いつ亡くなったんですか?」と、ぞんざいな態度で手続きの仕方を説明する。
もちろん、その人、その人によるのだろうけれど、
最近はどうも、人生経験の問題だけではなく、
若い世代の人たちの方が細かな気遣いが出来ていると思えることがしばしばある。
それだけ、彼らは厳しい時代に社会に船出しているとも言えるし、
どんな職場でも接客の厳しさを叩き込まれているのかもしれない。
契約を解除しても履歴はそのまま残る。
テニスを楽しんでいる時に突然倒れ、あまりに突然の死だったので、
当初は何か変わったことがあったのではないかと、携帯の履歴をむさぼるように調べたものだった。
今になって、その時にはまったく気付かなかった 一つのフレーズを発見した。
「何かさ、親を責めてたみたいで反省してる…」 友人に宛てたメールの中の言葉。
いつのことを言っているんだろう? 責められたなんて、これっぽっちも思っていないのに…。
やっぱり、まだ心が凍っているようで、彼のことは何も考えられない。
東京は、もうすぐお盆が来る。